走らない言い訳への一冊
『走ることについて語るときに僕の語ること』

5月6日まで毎日走るチャレンジ
ナイスラン23日目、

そろそろ、走る事に義務感が生まれて辛かったり、SNSに投稿して承認欲求を満たすだけで、本当の楽しさを見つけられない、

そんな人もいるのでは?

一発のナイスショットで100の凡ミスも忘れ、非日常的な満足感に満たされるテニスとはちょっと違う性質のものです、

テニスの方が楽しい、でもなぜテニス人口の3倍にも近い人がランナーを目指すのか?

そこに興味が残っている人には、オススメの一冊、
『走ることについて語るときに僕の語ること』
あの村上春樹さんはランナーとしても有名なんですよ、

一節に…

人は誰かに勧められてランナーにはならない。

人は基本的には、なるべくしてランナーになるのだ。

走ると決めたのは自分自身だし、玄関に行ってランニングシューズの紐をしっかり結んで、毎日一歩スタートを切るのは自分なのです、

本質的には、誰の影響も受けていないのです、

「走るのだけは絶対に嫌」と拒否する人は、部活や練習の罰として誰かの恐怖に負けて走ることを経験してしまったのでしょう、それは自分の人生を自分で決められない奴隷の様な生き方です、その気持ちが残るうちは走るべきではないのかもしれません、

しかし自分で決めてこそ人生なのです、

走る続けていると、無意識に、生きていく力や術が宿るのかもしれません、

私は、フルマラソンを何度も走る様なランナーではありません、せいぜい一年1回ハーフマラソンに出る程度で、走らない時は半年位全く走らない時もありますがが、

それでも走っていなかったら、今の様な生き方はしていなかったと思います、

これから大きく変わりゆく世界では、様々な判断が求められる時代になるでしょう、その時他人に人生を委ねないでください、決めるのは自分であってください、

だから、走り続けてください、

痛みも苦しみも言い訳する自分も、きっと人生を豊かにしてくれる課題なんです。

西山克久


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